早稲田大学商学部在学中より演劇活動に励む。1936年に大学中退後、東宝劇団、古川六波一座を経て、39年にNHKアナウンサーとなり、満州に赴任する。終戦時にソ連に連行された後、46年に帰国。小劇場を転々とした後、50年にNHKラジオ『愉快な仲間』のレギュラー出演を機に一気に実力を開花させた。映画デビューは1947年の「女優」。50年の「腰抜け二刀流」で初主演。52年の「三等重役」が出世作となり、「次郎長三国志」シリーズ(53~54)の森の石松役で見事な演技力を披露した。演技者としては「夫婦善哉」「警察日記」(55)、人気者としては「社長」シリーズ(56~70)や「駅前」シリーズ(58~69)と幅広い人気を博した。70年代以降は「恍惚の人」(73)「小説吉田学校」(83)など重厚な役が目立った。最後の映画出演は2004年の「死に花」。舞台でも活躍し、1967年から86年まで900回もの公演を重ねた『屋根の上のバイオリン弾き』のテヴィ役は当たり役となった。また歌手としても自ら作詞作曲を手掛けた『知床慕情』などのヒット曲を持つ。2009年11月10日、老衰のため死去。享年96。死後国民栄誉賞を授与された。
